
『高卒底辺・年収200万』が、公認会計士になりポルシェとスケボーで人生を謳歌するまで――就活全滅・会計士試験6回落ちの地獄から這い上がった全記録
第1章:【底辺編】高卒・年収200万。残酷な「階級構造」と損切りの決断 ―「次点の人生」と、インターネットという魔法
社会の敷いたレールの上を歩くのは嫌だった。
大学なんて行く気はさらさらない。自分の力で金を稼ぎ、自分の足で立ちたかった。
だが、高校時代の自分がのめり込んでいたのは、勉強でもなければ立派な就職準備でもない。「i-mode」という、ガラケーに搭載されたばかりのインターネットだった。
BBSに入り浸り、キリ番や足跡に一喜一憂しながら、遠くの知らない人間と繋がる。「魔法のiらんど」で自作のホームページを作り、自己表現の場を構築した。
HTMLのタグをいじって文字を点滅させたり、「ここを押して」というリンクに電話番号を仕込んでイタズラをしたりする。
現実世界では居場所のない自分にとって、物理的な制約を無視して情報を操れるその小さな画面の中だけが、唯一の「自分が支配できる世界」だった。
そんな自分の高卒での就職活動は、当然のように第1志望の会社に落ちた。結局採用が決まったのは、第2志望だった最大手電機メーカー末端子会社の工場。またしても「次点(スペア)」の人生。自分の社会人生活は、純粋に「お金」と「生活の自立」だけを求めた、妥協の産物から始まった。
工員(ブルーカラー)の絶望と、学歴という名の「階級構造」
18歳。世間の同年代が大学生活を謳歌する中、自分は工員(ブルーカラー)として3交代勤務(早番・遅番・夜勤)の過酷な現場に身を置いていた。
給料は高卒にしては悪くなく、額面で23〜25万円ほどあった。だが、仕事は圧倒的につまらなかった。
何より苦痛だったのは人間関係だ。休憩室で飛び交う話題は、いつも「女」と「ギャンブル」だけ。自分の頭の中に渦巻いているインターネットやストリートカルチャーの話なんて、誰一人として理解できない。息が詰まった。
そして、自分はそこで「社会の残酷な真理」を初めて突きつけられることになる。
自分と同時期に入社した同期には、高卒、専門卒、大卒が混ざっていた。最初は全員、同じ現場に配属され、同じように作業をした。だが、決定的な違いがあった。「将来性」だ。
大卒は早々に現場を抜け出して「管理職」のルートへ。専門卒は「技術職」のルートへ。そして自分たち高卒は、一生「現場の工員」のまま。
時間が経つにつれ、同期たちは次々と自分の現場から消えていった。残された自分の職位は、一番下の階層に固定されたまま。大卒や専門卒とは、明らかに待遇も権限も違う。世の中の構造を知らない田舎の高卒は、現場に入って初めてその「身分制度」の存在を知った。
「あ、ここは頑張っても報われないゲームなんだ」
どれだけ汗を流しても、どれだけ生産性を上げても、「高卒」という初期設定(ルール)の前では絶対に勝てない。入社直後にリストラが始まり、新卒の同期すら消えていくのを見て、自分の中で何かが完全に冷め切った。熱を失った自分は、結局1年半でその工場を「損切り」して退職した。
腕には、就職祝いで親が贈ってくれたオメガのシーマスターがあった。当時の自分には不釣り合いなほど立派な時計だったが、それだけが「社会人として自立してほしい」という親の切実な願いそのものに見えた。退職の日、自分はその時計を握りしめ、二度と戻らないと誓って門をくぐった。
(※この時計と共に、15年後に「プロフェッショナル」として再びこの門をくぐる日が来ることなど、当時の自分はまだ知る由もない)
時給1,200円の限界と、「自分の城」
退職後、自分は東京へ転がり込んだ。
先に上京していた地元の友達の部屋に居候させてもらいながら、バイト生活を始めた。時給は1,200円。深夜手当と残業手当をフル活用し、ガチで働いて月に額面30万円を稼ぎ出した。友達とのルームシェアで家賃(固定費)を極限まで抑え込み、たった半年で100万円の軍資金を貯め込んだ。
だが、自分は早々にその同居生活を「損切り」した。
友人とつるむ毎日は居心地が良かったが、他人のペースに合わせる「馴れ合い」は、自分の思考を鈍らせ、真の自立を妨げるノイズでしかなかったからだ。環境を自分でコントロールできなければ、一生誰かの歯車からは抜け出せない。
自分は貯めた軍資金で、一人暮らしを始めた。築35年の木造アパート。隣人の咳払いすら聞こえてくるような壁の薄いボロ部屋だ。それでも、孤独を引き受けてようやく手に入れた「誰にも邪魔されない自分の城(要塞)」に、自分は確かな高揚感を感じていた。
DJの挫折と、25歳の焦燥
東京では、自分が熱を入れていたDJとして生きていく道を模索していた。
同時に、高校時代から夢中になっていたインターネットの世界にも足を踏み入れていた。現場でレコードを回しながら、裏ではガラケーひとつで自作のホームページを運営する。自分の20代前半は、そんな「アナログな現場」と「デジタルの仕組み」が入り混じった日々だった。
だが、ある夜、自分はこの世界の「残酷な一面」を目の当たりにしてしまう。
当時、フロアを完璧にロックし、スターとして君臨していた「有名」なDJ。憧れの対象だった彼の出演料が、一晩でたったの「3万円」だと知った時の衝撃は、今でも忘れられない。事前の選曲、重い機材の運搬、拘束時間。時給に換算すれば、自分の深夜バイト代と大差ない。仮に、週5日フルでイベントに出ても月収60万円。だが、そんな過酷なスケジュールをこなしているDJなんて、この業界のどこにもいなかった。
「この山は、自分が求めている頂上(ゴール)には繋がっていない」
音楽を愛し、表現に命を懸ける生き方を否定するつもりはない。今でも音楽を大量に買い続けているし、プロのDJにはリスペクトの念しかない。ただ、「経済的な自由」と「システムの支配」を渇望していた自分にとって、この構造はあまりに相性が悪かった。
アクセルを全開にしても、車体が重すぎてスピードが出ない――。
自分はそこで、DJという夢に、静かに、だが決定的な「損切り」の印をつけたんだ。
ガラケーひとつで達成した自分の人生初めての「0→1」
一方で、並行して運営していたDJのホームページでは、全く別の手応えを感じ始めていた。
当時の自分は、個人のパソコンすら持っていなかった。だが、言い訳にはならない。自分はカシオの「W21CA」という、PCサイトビューワーが初めて搭載された伝説のガラケーを握りしめ、2.1インチの小さな画面から強引にPCの世界をハックした。
無料ツールを使い、見よう見まねで携帯アフィリエイトを貼り、少額の広告収入を得る。さらに、もっと大きな一歩を踏み出した。
「DJの技術を教える」という商品を自分で作り、ホームページを通じて直接販売した。もちろん、教えること自体は対面での労働だ。
だが、そこには現場で一晩中立って「誰かが決めた3万円」をもらうのとは、決定的な違いがあった。
「集客」から「販売」、「価格決定」まで、すべてを自分の手で支配しているという感覚。
誰かに雇われ、誰かの決めたルールで時間を切り売りするのではない。自分の価値を信じてくれた客と直接繋がり、自分が納得する対価をいただく。
当時の自分の携帯サイトには、1日平均200から300アクセスほどの流入がコンスタントにあった。
毎日、画面の向こう側にいる見知らぬ誰かが、教室数個分を埋め尽くすほどの人数で自分のサイトを訪れる。これだけの「分母」がある以上、そのうちの数%が商品を買うのは、もはや数学的な必然だった。
だから、初めて自分の商品が売れて「0→1」を達成した時も、よくある感動や興奮なんて一切湧かなかった。
「これだけ集客して、売れなかったらただのアホだろ」
ビジネスは、感情や運じゃない。集客数と成約率の「確率ゲーム」だ。売れないのは仕組みが悪いだけで、正しい構造を組めば必ず結果は出る。
この時、自分は初めて「労働者」から、自らの足で立つ「商人」へと脱皮し、ビジネスの冷徹な真理を確信した。
だが、現実は甘くない。アフィリエイトや個人レッスンで、生活できるほどの金は稼げなかった。身を粉にしてガチで稼いだ「バイトの30万」と、知略を尽くして仕組み化しても届かない「事業の数万円」。この圧倒的なコントラストを肌で感じたことが、自分のハッカーとしての思考をさらに一段階引き上げた。
25歳のデッドライン:年収200万円の「重力」と300万円の「ドーピング」
気がつけば、自分は25歳になっていた。
日々の生活は回っている。だが、それは文字通り「回っているだけ」だった。昼12時から夜11時まで、現場にへばりついて時間を切り売りし、深夜手当と残業代を全回収して、ようやく年収は300万円台。だが、そんな「狂ったドーピング」は長くは続けられなかった。
ふと足を止めれば、そこには年収200万円という残酷な「社会の初期設定(デフォルト)」が、底なし沼のように口を開けて待っている。
「普通」に働けば年収200万円。死ぬ気で自分を削って、ようやく年収300万円。
この数値をハックして一歩上へ抜けるための「バグ」は、今の自分の持ち札の中にはどこにも存在しなかった。ただ今日を生き延びるために、明日の分の体力を前借りして現金に換える毎日。
ボロアパートの薄い壁越しに聞こえてくる、隣人の乾いた咳払い。それが、まるで数年後の自分自身の警告音のように聞こえて、強烈な焦燥感が胸を締め付けた。
「自分の人生、このままでいいのか?」
工場という「階級構造」から逃げ出し、自由を求めて東京へ来たはずが、気づけば「低単価な労働」で時間を切り売りし、ネットの片隅で小銭を拾う毎日。自分は、かつての工場よりも巨大で、より透明な檻に閉じ込められていた。
戦術(集客と仕組み)は分かった。だが、戦術だけでは足りない。このままでは一生「底辺」の境界線上で踊り続けるだけだ。
自分に必要なのは、もっとデカい「武器(レバレッジ)」だった。学歴というクソみたいなルールを根底からひっくり返し、一撃で人生を逆転させる「最強のカード」が。
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